82〜94年のドラフトを結果から検証。阪神篇。
82年・・・1位木戸克彦(法大)はのちに不動の正捕手。4位の御子柴進(松本工)はのらりくらりと寿命が長かった。木戸以外にめぼしい名前のない年。
83年・・・上位全て投手指名。1位中西清起(リッカー)、2位池田親興(日産自動車)、3位仲田幸司(興南)と主力投手が並ぶ。優勝戦力が固まった年。上位と下位で両極端。
84年・・・1位嶋田章弘(箕島)、4位嶋田宗彦(住友金属)と兄弟指名も戦力にはならず。3位和田豊(日大)はのちの低迷期を支える。5位大野久(日産自動車)は俊足で活躍。下位組に幸のあった年。
85年・・・1位遠山昭治(八代第一)は活躍、低迷後甦った。2位以下では中野佐資(三菱重工横浜)、宮内仁一(池田)と瞬間的に活躍した名前が並ぶ。全体的には微妙。
86年・・・1位猪俣隆(法大)はコントロールに苦しんだもののローテーション入り。3位八木裕(三菱自動車水島)は掛布後のサードに定着。他に四人投手を指名したが、これは戦力にならず。
87年・・・1位野田浩司(九州産交)は速球とフォークを武器に活躍。ただし松永と交換でオリックスに移籍後のほうがイメージは強いかも。3位山田勝彦(東邦)はレギュラーになりきれなかった。期待の大きかった2位高井一(横浜)だが二軍から脱せず。
88年・・・球団職員から中込伸を1位指名。主軸投手にはなったが安定した成績は残せなかった。3位金子誠一(本田技研和光)、5位渡辺伸彦(常石鉄工)、6位鮎川義文(星城)と微妙な名前が並ぶ。
89年・・・物議をかもした葛西稔(法大)の1位指名だがのちに欠かせない戦力に。5位で新庄剛志(西日本短大附)を獲得は大収穫。3位麦倉洋一(佐野日大)、4位古里泰隆(福岡第一)はチャンスをものに出来なかった。
90年・・・1位から5位まで戦力になった当たり年。湯舟敏郎(本田技研鈴鹿)、関川浩一(駒大)、山崎一玄(静岡)、田村勤(本田技研和光)、嶋田哲也(王子製紙米子)と並ぶ。惜しむらくはスケールがいまいち。
91年・・・1位で地元の萩原誠(大阪桐蔭)を指名も期待を裏切る。2位久慈照嘉(日本石油)は守備の名手。3位弓長起浩(熊谷組)は中継ぎで活躍。4位桧山進次郎(東洋大)は苦しんだが昨年から本格化した。5位以下の高校生は全滅。
92年・・・1位安達智次郎(村野工)は期待を集めた大型左腕だったがプロでは戦力にならずじまい。2位竹内昌也(NTT東北)も一軍では安定せず。6位塩谷和彦(神港学園)は今季からオリックスへ。非常に苦しい年。
93年・・・久々の当たりが1位の藪恵一(朝日生命)。一年目からローテーション入りし活躍。低迷阪神を支える投手となった。2位平尾博司(大宮東)、5位井上貴朗(佐倉)もチャンスを与えられたが、こちらは一軍に定着はならなかった。
94年・・・1位山村宏樹(甲府工)はその後トラブルで退団。近鉄移籍後開花する皮肉な結果に。2位北川博敏(日大)も近鉄へ。そんな中で4位川尻哲郎(日産自動車)が大成。3位に田中秀太(熊本工)も。
改めて、意図的に大物を避けた結果が浮き彫りになっているようです。特に野手陣は惨憺たるもの。